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   おもしろい兄弟のこと  vol.1     
麻梨   
 
 いやはや、いろんな事があるもんである。ここ4?5年。ずっと東京。
 たまに出かけたりするが…。何もする気がないのである。なにせ、ふつうに話せないのだ、くたびれちゃって…。
どうして街中(まちなか)は、すれちがいざまに、ピリピリ波動がつたわってくるのだろう。
 街を歩く電磁波人間、ラッシュの電車は電磁波のかたまり。あー、なんということだ。
 おもしろいことをするのに街は個室化している。何ともいえない国内情勢、まさに狂っている。優しいふりをした悪魔がいっぱいたむろしている。あぶにゃい。・・・と、思いつつふらふら迷いこんでしまった。
 
 そこに、、、。へんな兄弟がいた。しばらくの間ご一緒させていただいた賀・・・。「○」という店の経営者は、かなり自己中心的な遊び人の兄貴の店、DJもやるが、うたもうたう。女をとっかえては、店の家賃にしている。
 何せ、芸はやるがほとんど酔っぱらいなので存在するが、有名な人間をあつめては、自慢たらたら、従業員にもおうへいである。
 あげくのはてにかみさんには逃げられてしまった。アメリカ、ジャマイカあたりでハードドラックかなんかで頭をやられているのだろう。まあ普通にしているが、街中のおぼっちゃま長男は、金づかいがあらい。三人兄弟の真ん中は姉ちゃん、近所の同級生によると「かわいかったんだー。」の声、バリバリの働き者でおしゃれ、親族の中ではめんどうみがいいが、ごはんを作るということをしない。
 引っ越しの手伝いにいったら、恐ろしい事にベッドのわきにまんが本がエベレストのようにほこりををかぶってそびえたっていた。目が点にになるがやったゃうしかない。恐ろしかった。
 こんなに本があったら、古本屋にもってけばいくらかになるのに、と思いつつ、弟と一緒に道路脇にとめた軽トラに窓から投げいれ処分場へ、「あーこれは、紙のブロックになって中国に輸出かあ、お正月用の紙製品になってまた日本に来るのかな?」と、思いつつ、お金にもならない手伝いをした。
 
 で、弟といえば、また兄ちゃんと同じ酒のみ、親分肌ではあるが、金まわりがいい時は、またがんがん金つかう。おいしいもの好きで、2、3千円の夕食などざら、太っている。
 兄貴と同様女好き、20代ときなどは、自宅で店をやり、くる女客を手ごめにしていたそうである。一種の病気、外と内が全くちがうし。逆ギレすると最悪。全部人のせいにする…。本人全くわかっていない。一生けん命気を使ってくれるのだが、わたしは何が何やらてんでわからんちん。なのだ。働きすぎて心の病にかかっているらしい。大学卒業しているのにかんたんな事がわからないらしい。
 複雑な気持ちをかかえつつ、私自身の事もやらなくてはなんないのだが、もう、それどころではなくなってしまっている事に気がついていたが…。これをドツボにはまると言うのだろう。自分の部屋をkeepしつつ、解ってもらうまでやろう。と決意。後で自分で思ったが、私はどうしてもこんなに、人がいいバカなのだろう。と笑笑。
 
 そして、ゴミ、置き場の片付け、なりたたなくなったそいつの以前の仕事、物置、カーポートの設置、まあ、大きめのプラモデルを注文で受け、現場に行っては、組み立てていく、ゴミがいっぱいでる。金属の破へん、古いフェンスの撤去物、セメントのガラ、ダンボール、毎日の仕事でいっぱいでる、受けてかせげば、とんでもなく出る。日本のゴミ事情、とーぜん分別、金属片などは、多摩川のはしっこの鉄ゴミ会社に持っていく、軽トラにがんがん乗っけてはしっていく、多摩川の土手は小学校のマラソン大会で走っていた。川の水はゆるやかに流れ、土手は緑でおおわれている。着くと、ほのかな油のにおいのする、金属買いとり会社、屋根の高い屋内には、圧縮された金属の破へんが大きく四角いブロックとなっている。そのブロックは、圧縮される度にいろいろな模様をおりなしている。なぜか美しいと感じてしまうのだ。『これ、安全なARTにしたらいいのにな!』と思わず口ばしる。ドライバーの弟は、清算を終え、「金になった!と口ばしる。」
まあこんなもんだろ。今の職人は、施行、ゴミ処理、全部やらなくてはならない。
 ビニールはビニール、ダンボールは紙業会社へ、場所によって、本やダンボール、新聞など古紙はkgで買いとってくれるところもあるようだが…。今回はそのまま処分、結局こういう紙類も、アマゾンなどの外国の樹木をがんがん切ってしまってこんなになっている。結果、地球砂漠化も同時進行しているわけだ。人類よ、
気がつけ!と祈りはじめる自分がいる。植木職人さん達、がんばって下さい。心ある職人は、そのむしゅんに悩んだりしているのだろう。「お前は何をしているのだ?」と問われたら、私も心もとたないのだかー。
 
 そんなことで置き場を片づけ終わり、むかいの梨「稲城梨」を売っている農家のおばちゃんとこに梨を買いにいく。帰ってむいて食べると酸っぱい種類の梨。梨農家の状況も今、たいへんだ、と聞いた。弟のおやじ様の仏だんに梨もそなえてきた。昨年亡くなったお母さんがあとでさげた時に食べられる。喉や気管にいいー、ちょーどいいや。
 
 東京の街中である。飲み屋はたくさんあり飲むには事かかない。あい間に音楽の練習もしたりする。弟の方は、まるで寺内貫太郎である。人はいいのだが、暴れると手に負えない。こちとら命がけである。墓は、柴又の帝釈天である。とりあえず、寅さんで有名なとこなので、東京で生まれた私は、行った事がなかったので、連れていってもらった。スバラシイ!寅さんが生きていたら、すぐ出てきそうな感じ。参道に行くと、和菓子屋に寅さんの若い頃のあの四角い顔が、額ぶちに入って笑っている。思わず、さくらはどこだろう?と探してしまう自分がいた。てこてこ歩いていくと、でっかい「松」枝ぶりがめちゃいい。長いことここで頑張ってんだな。本堂に行くとそのとなりにギャラリーがある。そこは少々、料金がかかるのだが、入ってみると、「素晴らしい」りっぱな木彫があった。厚めの一枚板を彫ってある。とにかく素晴らしい仏様の話を木彫にしてあるのだ。そして弟とおみくじでも…。と、ひきにいく。スゴイ!こんなおみくじ初めてだ。「大凶」わースゴイ!思い切り笑う!笑った方が勝ちだ。とっとと、そこらの枝にむすびつける。逆境を切りぬけろ!とメッセージを直感で受けとる。
 弟の方は、というと、やっぱり凶に近い。いつだったか、時間をおいて、また、帝釈天にいったら、二人共前回と全く同じ「大凶」と「やっぱり凶に近い」おみくじ、顔を見合わせてしまった・・・。これはどういうことだ。
 私は数えで「前厄」しばし、無言でやっぱり枝にむすびつけ、無言のまま帰宅する。
 
 私はデリケートで何事も波動を受けやすい。人を信じる事に無防備なのだ。『注意しなくては、悪魔とはつきあいたくないものだ。』
 逆境を切りぬけなければ、ピンチはチャンス!と心を切り替える。が、ある日とある駅前のバス停で、何でこんな事に・・・。しまいに弟が、酒を飲み暴れだす。よくないことを目にすると、「おい!こら!」と正義という名のもとにおもいきりからみ、どなりはじめ、あばれだす。のみさえしなければこんな事には、ならないのになあ?。と思い、なだめかかる。「こんなとこで時間をつぶしてないで、気分なおしにビールでも!」の一言で、「ん?」とコロッ!と変わる。まわりには人垣が出来ていた。Tシャツをつまんでひっぱり百貫でぶちゃんを連れていく。そのままいくと、おまわりさんが来て、手錠をかけられてしまうかもしれない。と判断したからだ。やれやれ手がかかる。飲まなきゃ人格崩壊しないのに・・・。で、都合が悪い事や自分の失敗は全部人の責任にする。困ったもんだ。私は身動きできず。仕事にもならず時間だけが過ぎていく。冷汗もんである。
 
 まあ、何とかなるだろう。と、ある日、午前中に自宅にいて、わんこの散歩を終え、「今日もあつくなりそうだな。エアコンはやめて…。」と犬の頭をなでなでしていたら、突然電話が鳴った。「へ?仕事じゃないの?どうしたの?」と聞くと、「丸のこで指切っちゃった。」家に寄って保険証を持ってきてくれ!いま、すぐ!」とっさに「クーラーボックスに氷入れてそこに入れて、指を止血して心臓より上に…。」と叫んでいた。すぐ弟の家に行き、言われた場所の保険証を確認して家族に知らせて急いで病院へ・・・。
 入院室には、痛いたしい姿の弟がいた。
 指はすぐくっつき、神経も大丈夫!とのこと、仕事の現場のことが気になるらしく。
 「しょうがないよ。早くなおるといい。」と声をかける。姿は、まるでガンダムのうで!
 時が過ぎる毎に、姿は、だんだん、コブラになっていく。指ガード(アルマイト製)がとれ、ステンレスのピンが親指の先から、ずれないように止めてある。「いやだ!もう退院する。」どうも、アルコール切れのようである。もう2?3日入院していれば?となだめるがさっぱりあきません。ダダをこねまくり退院。私は腰が痛く、自宅で歩行困難状態。電話入れ、おむかえには行けないが、あとでおいわいに行くよ。」と連絡、退院祝いでまた、焼き鳥屋でいっぱい。やっぱりだ酒が飲みたくて無理して退院している。保険がおりるのに1日足りない。わー、個人負担だ。そういえば、ケガの前日、やっぱり来てくれ!というので柱を支えに行った時の現場状況、マルのこ使用していない時、コンセントからぬいていない、道具はごちゃごちゃ、ゴミはいつもよりバラバラ、そして顔は赤い。その上暑い。「なんか、いやな感じ!」大丈夫かなー。やっぱり予感は当たっていた。
 ピンがぬけ、親指の先のキズがふさがるとリハビリ。
 
 いろいろ考えた。こいつの場合はどうしよう。そうだ。長年の腰痛治療湯治場だ!秩父の??にこいつもつける事にした。血圧も200はある。風呂でぶっ倒れたら、すぐに救急車を呼ばなくちゃ!とまで考え、弟に水を持って入るように言い、ふあふあしてきたら、湯あたりだから、上がって水をのみじっとしてなさい。指のマッーサージもね。ぬるい方にはいるのだぞ!と言い、男湯、女湯に分かれる。
 しばらくして、一時休憩で上がってくる。
 「どうだった?」と聞くと、「ふらふらしてきたんで露天の方で風呂のふちに寝っころがり接続した指をお湯に入れ、マッサージしたら、固まっていた筋肉、指関節、いっぱつで動いた!」瞬間、「良かったし、連れてきて、よかった。」を連発、目に涙がにじむ。と、すぐに、「すごいいいお湯だー、動いた。」やったー、カーンーパーイ!へ?また、これだ、全然わかってない。まあいいか、この感じを覚えててくれれば、回復は間近、人間のソセイの力はすごいものである。
 
 その後、回復、しかし、半年もの間、よく食べて、寝ている、まるで、魚河岸のでっかいまぐろのようである。なぜか筋肉しかん剤も服用しているので、胃袋も のびがいいせいか、2食分くらいは食べている、これは、頭がちょっと反射がにぶる、薬。私も一時、通院で飲んでいたが、いただけない。内臓までゆるんじゃったら、最悪だし、なんて以前から思っていたからだ。チェンジして私は、かっこん湯やしょーが湯、こちらの方が私には効きめ有である。そして、森のトトロのようになった姿の弟君、今度はやせなくてはならない。「仕事だ!」なにせ、こんな感じでいると私も動けにゃい。ただでさえ、仕事が少なくなって来ているからだ…。体もかなり無理がきかなくなってきている。東京はいろんな人種の寄せ集めの街、地方生活がわりと長かった私、年齢と共に、まだ若くはあるけれど、
 
 食べる物を作った方がはるかに健康には良いのだ。故障は、次々に悪化し、回復能力は年々おとろえる。参った、参った。
 年々、知人、友人、親戚、親など同様に天に昇る人数が増えてくるようになった。
 世の中のスピードも加速している様な感じがひしひしと伝わってくる。街も出なければ、
 
 向かいの畑のじいさんも天に昇り、麦刈り手伝いだった日々をおもい出しながら、向かいの畑は、あっというまに、どれも似たような家が建ちならび、知らない人々が移ってきた。一人でいると、ときどき、「人がこわい!」という気持ちがわきあがってくる。特に介護など集中していると、世の中からとりのこされた気分になる。いったいどういうことなのだ!と疑問に思うばかりである。街としての発展は、私としては衰退なのだ。ゴミばかりで…。
 弟の母親様も、高齢なのだが素晴らしい方だった。尊敬に値する。質素というものがすばらしい。この家族それぞれの人生だ、ギリギリまで介護もお手伝いした。この兄弟、世の中の介護というものに、まったく目もくれなかったのだからだ。2年くらい前から、なるべく早く申請するようにと伝えていたのだがいっこうに耳をかたむけてけれなかった。
 辛いものである。弱い者は、極端に言えば、どうだっていい。という風な感じなのだ。
 弟もいまごろ、アル中近くなっているのだろう。ストレス解消に役立つがからだを壊してしまっては、もともこうもない。日本の古い体質を残しているのだろうか?弟の言葉が気になった。女など、だますのがあたりまえだ!と、きっと狂っている日本に反抗しながら、本質を忘れ、狂ってしまったのだろう。もったいない事である。野の草花をめでることもなく、たらふくぜいたくなものを食べ飲み狂った結果なのだろう。
 体身をだいじに創造して下さいね!
 
 人々が平和でありますように!と祈る毎日である。
そして、私の実にささやかな精神は、何も気がつかない人々にこきおろされながらも、
 精進していくのである。街の中にいると忘れそうになるが・・・。それではいけない。
 それぞれの人生、主張は大事、心の耳もあけなければ・・・。
 そんなこんなの世の中のむしゅんの中で、
 慈しみあることの大切さを感じる毎日である。
 
 私はいつか、紫色タチツボスミレが咲き乱れる場所でわんこのコウタロ君とスミレを摘みながら、スミレごはんを作って、うたでもうたいたいもんだなぁ。と思う毎日であるのです。DVやネグリストは大嫌い!
 出会い。天に昇られた方々へ、こんな私をほんの一瞬でも、言葉をかわしたり、少しのお酒、そば、ごはん等、時をすごせた事に感謝する次第です。皆様、個性豊かでよい時をまた未来に向けお過ごし下さいませませ。
 私も次元上昇中!散歩に行くかなし。
 
  四月下旬
 
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