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10月の庭劇場

「 天 井 と 縁 の 下 」

10月30日(木)~31日(金)


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 昔は煙草を美しく喫う人がたくさんいた。煙草の喫いかたで小説を書けるやつか否かを判定する慧眼の人もいた。煙道といった。煙道だから立ち昇る紫煙の軌道が肝心で、身体の形も決め手となった。スパスパ、コソコソなどの所作は煙道からほど遠い。

 小説家ではない。博覧強記の博物学者、民族学者の南方熊楠(みなかたくまぐす)。粘菌採集のおりだったのか和服に坊主頭。裾をはしょって懐手。煙草を斜めにくわえて悠然たる一葉がある。
 その熊楠、昭和十六年、七十四歳でなくなった。看護していた娘の文枝さんに、いま天井一面に綺麗な紫の花が咲いている。今日は医師を呼ばないでおくれ。医師に腕をチクリとされると花が消えてしまう。それから縁の下に真っ白い小鳥が死んでいる。明日の朝、丁寧に葬ってあげてください。そんなような事をいいのこして息を引き取った。

 いま万事が休し、難事は日々固まっている。煙道の紫煙のごとくゆらゆらするすると昇っていかない。まして天井一面、紫の花は咲いていない。しかし今は及びがたくても、これはわたしの最終的な理想形だ。その理想形でかつ楽天的に謂えば、志こそ縁の下の真っ白い小鳥の正体ではないだろうか。

          首くくり栲象

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