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6月の庭劇場

『 石を見つけた 』
24日(土)~ 29日(木)

26日(休演)

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 数年前のこの時期、肺気腫で二週間ほど入院しました。退院は昼間。力なく下り坂で脚を運んでいた靴底に、いきなりイモリが飛び込んで、潰してしまった。人が死んだらどこにゆくのだろうか。梅雨の入院で退院時は初夏の暑さ、ぼんやり、そんな思いを巡らせていたやさき、気が咎めたのか、イモリの逝くところにわたしむも行くのだ。と念頭したのでした。
 では踏み潰したイモリの赴く処はどこなのか…。

 それから数年経ちました。

 この4月の28日。山梨県の韮崎市の穴山町にいきました。八ヶ岳に似ているので「にせ八ツ」と通称されている標高1.704メトルの茅ヶ岳を仰ぎ見に出掛けたのです。最寄り駅の穴山駅は七里台地の上にあります。七里台地は釜無川と塩川にけずられつて出来た台地で、あの辺りの線路は切通して引かれている。ホ―ムは底、改札口は長い階段を登らねばない。十分ほど歩くと台地の縁に出て道は急に下る。向かい合おう茅ヶ岳の裾野。その間に広がる平地には一本の街道と耕地が面々とひろがっいる。水路は高台の耕地から下方の耕地へと流れるように設置され、水はとうとうと音をたて流れていた。畦道に様々な形の石が山をなして積み上げられ、一群のなかに丸い石をわたしは目に止めた。

 甲斐地方には丸石を祀るの民間信仰があることは、道祖神を度々を見て知っていました。わたしの目に飛び込んできた石は、石の祠に祀られていた丸石神と見まごうことなき、丸い石なのです。丸みは河流に転々としてその勢いで摩滅し丸くなったのではなく、これぞと託された石に、石仏を産み出すかのごとくに産み出された、人痕が施されれていた。わたしはその石を一群の石の中から畦道に運び、眼前に置き、この石の旅への一歩として一度転がした。

 さて、イモリとわたしの行く末の話です。石は何億何兆もの生き物の行く末の珠を宿している。わたしは夢に見たのです。その丸石が庭劇場の椿の根元でシャボン玉のような夢を次から次へと宿し飛ばしている夢を。

          首くくり栲象

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